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「根本的な対策」要・・・

次の仕事に必要そうなので、前職での状況をふりかえってました。

2歳児がいて時短のはずなのに、夜8~9時半にしか終わらない当日集計を「しろ」とおっしゃる課長代理。
時短を返上したら?と二人で持ちかけておいでになった部長と課長。
部署ごと全員、振替休日が6ヶ月経っても取れない状況。
ご自分が小さいころ「日曜日のお父さん・お母さん」を奪われた状況でいらしたからか、周囲に怒りをお巻き散らしになる係長。私もさんざん肝を冷やしました。。。肝臓の数値が一挙に悪くなりました。

みんながみんな、いっぱいいっぱいで、SOSを伝えても、
「やるしかしょうがないじゃない・・・」
「きついですがついてきてください」

ほかの部署についてそっと人事に聞くと
「いやー、どこも同じような状況ですよ」(つまり転属はムリ)

体調がわるく休みます、といっても
「あ、そうですか」

人間らしい心をざくざくえぐりとられて行った気がします。

窮状を伝えたのになぜか「それとこれとは話が別」なんて妙なお返事もねえ……。
話にならない人たちが、どうしてあたしの周りに集まるのでしょうか。

夫も、妻の窮状を再三聞いた挙句「どうしていいかわからないから、ずーっと放っておいた……」
義父母もそうです。二時間半かけて職場に通う嫁が、普通に快活にしていられるとでも!??

この、話が通じない大人たちは……私いったいどこから拾ってきちゃうんでしょうか。

昨日それがわかりました。
退行催眠で参考になりそうな幼児期のエピソードに戻りました。
小学校1年生、子ども会の旅行で道に迷った私が出てきました。
大きな子達に置いてけぼりにされる自分。
とっさに「待って」が叫べない自分。

でもここが発端じゃない。

「言ってもムダ」

というメッセージが出てきました。

「言っても何も変わらない!泣いてもわかってもらえない!!」

0歳時の体験でした。

母は出産4日目から会社が伝票を送りつけてきて、
父は1年以上日曜がない状態で働いていて、
私の面倒を祖母が見ていました。還暦だったので体力の限界で、
腱鞘炎になって注射を打ってました。
母は、昼休みに車を飛ばして、私におっぱいを飲ませに帰ってきて
祖母は、夕方母が帰ってくると、もう自分が限界ですから
「あんたの子やで抱きゃあ!!」と
母に八つ当たりをして私を投げるように渡したこともあります。
断片的にそういう情報を聞いてはいました。
潜在意識って何でも覚えてるんだーー。

赤ん坊の私、さぞ居心地の悪い毎日だったらしく、
自家中毒を繰り返し、すぐ熱をだし、
浣腸を繰り返さないとお通じがなく、
ちょっとのことで吐いて、やせっぽちの子供でした。

・祖母にはどれだけ泣いても、私が何で泣いているかわかってもらえない
・私が泣いたって母は仕事から途中で帰ってこない
・私がどんなメッセージを出したって、周りの大人の行動は何一つ変わらない

これは強烈だったわーーー!

あー私はここから這い上がってきたのか、
だから異様なパワフルさと
「自他境界線」をわかっているのにアサーティブメッセージが効かない
簒奪的な人間関係とが同居していたのか。。。
と、はじめてわかりました。

ここからどうやってやり直せばいいんだろう。
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ラクに生きるヒント
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