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集中力は、もともとあるもの(その1)

教育熱心な親御さん向けの記事や本で、人気なのが

    「集中力をつける」風のタイトル。

うーん、残念!ぜんぜんちがうの。

     集中力は、外から「つける」ものではありません。

あかちゃんのときから、 持っているもの。
幼児期に、「もうおしまいよ」と言われても言われても
繰り返してしがみついてはなれなかったあれ。あれこそが、集中そのもの。

コドモ心代表 流しのヒーラー けいこです。
いつも、ご愛読ありがとうございます。
今日はちょっと、古い世代のお母さんたちには、厳しい感じの記事になってしまうかな。
人への悪意はありません。
昔選択されたメソッドに未熟さがあった、という反省から、ご一緒に次へ、いきましょうね。
工業の進歩と、同じことです。人間だもの。
今私が言ってることも、次世代の思想言論の踏み台にすぎません。台になれたらもうけもの。

当時としては、最善最高だと思われていたアプローチ。
でも、横行していたのは
「ベッドの寸法に合わせて、足を切る」タイプの型はめ・しつけ。
学校に適応させ、受験であおって、資本主義経済を右肩にし続けようと
大人はやっきになってました。
「安定したくらし」「いいくらし」という幻の誘惑に、あっさり乗って。。。
コドモかわいさに、コドモを無理やりコンビーフの缶詰にしたようなもの。

大昔、お母さんが「だめ!」「やめなさい!」「きちんとしなさい!」と
言いつづけなければ、驚異的な集中力を保ったまま、大人世代になったはずの娘息子。

その”しつけ”どおりに今、
「いい年して御することができない自分」を呆然と抱えているではありませんか。
かれらの記憶から「だめ」や「やめなさい」「まわりにあわせて」といった
今や有害すぎる大音響の刃物言葉を取り除くプロセスで、
私たちヒーラーやカウンセラーは、彼らにそっと寄り添っています。
かれらの娘息子もまた、親に光を取り戻すために寄り添っています・・・
社会と親に、なんだかわからないラベリング・レッテル貼りをされながら。

「当時は、それがよいと思って、いっぱいいっぱいでした。押しつけてごめんね」

彼らは、親からそう謝ってもらうのさえ、期待・想像できないでいます。
親を愛しつくして、親に合わせすぎて、苦しんでいるのです。

「あんなしつけ、しなきゃよかったね」「あんなこと言って、ごめんね」

そんなこと言ってもらえる日を、予想だにできずに・・・
型にはめようとしても、はまらない自分を、嫌い続けているのです。
もともと自分とは、「型にはめる」「他人と同じにする」ものではないのに!

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さて、”しつけ”どおりに集中力を封印した、アラフォー生き直し作業真っ只中の諸君!
集中力を思い出しましょう。取り戻しましょう。


<今日のワーク>
  あなたの身体の奥底に封印した、集中力に「起きて」ってやさしく言うよ。のワーク


それでは・・・

ゆったりと座り、深呼吸してください。
居心地のよい椅子や、ソファ、座布団で・・・
ご自分が本当に、身体がリラックスする楽な環境で・・・

胸に手をあてて、ご一緒に思い出しましょう。
深呼吸とともに、小さい頃の遊びのはじけるような感覚が戻ってきます。

小さいころ、「暗くなったら帰ってらっしゃい」と言われていても
ずっと、ずっと、楽しくて遊んでいた。
時間なんか関係なく遊んでいて、すっかり暗くなっちゃって・・・

覚えていますか?
あの、遊びに没頭していたあなた。
あれが、集中力そのもの。忘我の状態。

暗くなったら危ないからと、しかられましたね。
でもそれは、子供の安全について言われただけ。
いくら遊んでいても、いいのです。
途中で好きなことをやめなくて、いいのです。

または、泥だんごを作ったり、砂場の怪しいゴミをほじくったり、
ずぶぬれで遊んだり、落ちてるウンチをつついたり・・・
「ばっちいよ!」「汚いからやめなさい!」と
お母さんの声が一緒にひびくかもしれません。
声だけ、胸からそっとはずして下さい。

「もう、私は大人になりました。この声は、いりません」
手のひらに乗せたお母さんの声にそう言って、
「お母さんのところに、帰りなさい」と、
羽ばたかせて見送ってください。

・・・行きましたね・・・

あれは、お母さんの感じたことで、
あなたは感じなくてもいいことなのです。
だってあなたは、お洗濯する側じゃない。
他人の感覚で自分を縛る必要は、ないのです。

小さな天才科学者は、研究に集中してて、いいのです。

泥だらけのいろーんな泥の研究。砂場の怪しいゴミの研究。
ずぶぬれはだかんぼの研究。落ちてるウンチの研究。
かえるの研究。虫の研究。動物の研究。花の研究。

なんて偉大なものばかりあるのでしょうか?この、来たばかりの地球という場は。
すっごいなーーーーー!あれもこれも、すごい!!

「おおっ!」と思ったことをとことんつついて、いいのです。
泥まみれ、ずぶぬれ、丸ごとOKなのです。
それが集中ということなのです。夢中になるものには、本来集中「して」いるのです。

深呼吸は、続いていますね。

両手を胸にあててください。

あったかい・・・

いま、「やりたいのにできない」もの。
それは、「本当はやらなくてもいい」ことなのかもしれません。
だって本当の自分は、とことん好きなものを子供の頃から知っている。
好きなものには、いやでも集中します・・・いやでもできるようになります。

「べき」論を放り出してください。
「これが好き!」に戻ってください。
ムリして自分を縛ることは、集中ではなくただの拘束。

「拘束時間」なんて奴隷漢字を使ってる団体は、
どこかで人間の尊厳にうそをついてます。
そんなうそに、大事な自分を、とことんつきあわせなくてもいいのです。
ご自分の好きなことを、やってください。

深呼吸を、終わります。
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